株式会社井口一世 ‐ 製造業ではなくIT業としての板金加工
株式会社井口一世 ‐ 製造業ではなくIT業としての板金加工 モノを作るのではなく、「モノの作り方」を売る!
◆取材:綿抜幹夫
株式会社井口一世は、金型レス加工、切削レス加工によって高品質・低コストを実現し、塑性加工の常識を変える企業だ。「モノづくり」や「製造業」といえば、技術がものを言う職人の世界というイメージが強い。しかし、同社はそうではない。昔ながらの技術や技能といったものをすべてITの世界に落とし込み、機械のボタンを押せば誰でもモノを作れる仕組みを作る。そしてそのノウハウは、知的財産として堅固に保護する。「自分たちはIT業。モノを作るのではなく、モノの作り方を売っています」と語る井口一世社長に聞いた。
過去やプロフィールは秘密
同氏は、過去やプロフィールをほとんど明らかにしていない。ようやく聞かせてくれたのは、東京都出身で、立教大学経済学部の自称「麻雀学科」卒業、その後東京農工大学大学院を修了したこと。プロフィールはおろか、自身の人となりについてとにかく語ろうとしない同氏だが、経営哲学にはその強い個性が表れている。同社の今日の発展も、他でもない同氏の個性によるものだ。同社は2001年に設立し、その数年後から各種受賞やメディア露出が相次ぐようになる。2013年には『JAPAN Venture Awards 2013 経済産業大臣賞』を受賞し、大手新聞やテレビも含むメディアの取材は増える一方だ。同氏自身も講演会やメディア出演、取材に慌ただしい日々を送る。
自らのフルネームを社名とし、プロフィールを公開しない。同氏にそういう意図があるかどうかは分からないが、語らずとも人間は会社に表れるということなのかも知れない。同社を見れば、同氏が分かる。
ともあれ、まずは取材時の語録をご堪能いただきたい。「閉鎖的な性格で口を割らないと書いてください」「秘密主義と書いてもらっていい」「怪しいと書いてください」「原稿書きにくいと思いますが申し訳ない」「年は食ってますけど、まだまだ駆け出しですから」「どうもいろいろ感じが悪くて申し訳ない」「可愛げがなくてすみません」「ただの太った板金屋のオヤジなんで」「本は読まずにマンガばっかり読んでます」等々……。社員に対する物腰は柔らかく、金融機関の担当者からの信頼も厚い。理詰めのサイエンティストかと思いきや、取材の帰りには血液型に応じたワインをお土産に持たせてくれる。笑顔が印象深く、豪快に笑う。謎に包まれた井口一世氏は、こんな人物だ。
製造業ではなくIT業
ドイツ トルンプ社の最新鋭レーザープレス TC6000 同社製品サンプルの一部
さて、人間・井口一世氏の話はこれくらいにして、株式会社井口一世のご紹介に移ろう。自分たちの業態について、「モノづくり企業という意識は持っていません」と語る同氏。製造業はサイエンスであるとの意識から、社員を技術者や技能者ではなく、データサイエンティストであると捉えている。
「昔の技術や技能は関係ありません。機械があれば誰にでもモノは作れますよ。メーカーがデータを用意して、機械にはコンピューターが付いていて、CADがあってCAMがあって。最終的には誰でも作れますよね、機械のボタンを押せば勝手に出来上がるんですから。これをモノづくりと言ってはいけないんです」
自分たちはサイエンティスト集団であり、サイエンティストとして生み出す売り物がたまたまモノだというだけ。モノを売っているのではなく、モノの作り方を売っているという考え方だ。
「自分たちのビジネスは、ノウハウ、技能、技術などを全て提供する、総合的なビジネスです。製造業ではなく、IT業なんです」
どんなものでもなんとかなる!
更に同氏は続ける。
「自分たちに言ってもらえれば、どんなものでもなんとかなります。お客さんには、困ったことは何でも聞いて欲しい、解決しますから。我々が行っているのは、こういう商売です」
マーケットが要求するものをそのまま作っているだけ、というシンプルな立場だが、言うまでもなく、マーケットは絶えず変化する。同社ではマーケット戦略に非常に力を入れているという。背景には、自分たちの「技術」を誇ってはいけないという考えがある。
「『自分たちにはこんな技術があるからこれを買って欲しい』と思っているものと、お客さんが欲しがっているものとがマッチングしていなければ、いくら技術があっても商売になりませんよ。自分たちの技術はこうです、という売り込み方がそもそもの間違いなんです」
多くのモノづくり中小企業にない強みはここにもありそうだ。
「うちは情報産業、IT業だと思っていますから。我々の仕事はいかに情報をうまく整理するかというだけです。モノを作る上での情報、昔で言えば加工のノウハウなどもひとつの情報として捉えればいい。必要なのはこれを抽出する能力、サイエンティストとしての能力ということです」
変化し続けるマーケットを読み、それに対応するサイエンスが、同社の武器であり、生命線であるというわけだ。が、これを有言実行するのは容易ではない。マーケットの要求に応えながら、売りである高品質・低価格を実現し続けるには高度なITスキル、サイエンス力が求められる。となれば、鍵を握るのはやはり、社員だ。
採用と社員教育
井口社長との座談会の様子
では、要となるその人材について聞いてみよう。同社の社員数は現在23名。このうち7割が女性で、8割が文系出身者という極端なバランスである。IT業のサイエンティスト集団でありながら、文系出身者が多いというのは特徴的といえよう。
「(女性が多いのも、文系出身者が多いのも)ふるいに掛けたらそれしか残らなかったというだけ。結果的にこうなったというだけです」
同社の採用率は1%。100人面接してやっと1人という割合だ。採用の基準として重視しているのは、自分で勉強をする人かどうか、学習意欲があるかどうかだ。
驚くことに、制度としての社員教育は行っていないという。入社後、1週間が新人研修にあてられるが、そこでは社会人としての挨拶の仕方といったことだけを教えるという。余談だが、同社にかかってきた電話は2コール以上鳴ることがなく、来客に対しても社員全員が起立し挨拶して迎える。他の企業と比べても、徹底されたマナーだ。
では、社員たちはいったいどのように仕事を身につけているのか。ぜひお聞かせ願いたいと尋ねると、「それは有料です」との答だ。ごもっともである。IT化社会にあっても、有益な情報が無料で手に入ると思うなかれ。
「人間は、教育では伸びません。すべて才能です。60の才能しかなければ、教育を受けても60までしか到達しません。とはいえ、みんながうちのような採用をしたら、社会がだめになりますよ。100人に1人の才能がなければ採らないんだから、失業者が溢れます」
過激な発言ともとれるが、同氏の言う意味での「才能」を伸ばす方向に教育を行えば、その才能のある人材が世に増える、と言い換えることもできるだろう。才能とはつまり、主体的に学び行動する力、学習意欲である。なにより、まずはそれぞれの企業が、自分たちの考える最高の人材の揃った組織でなければ、その集合である社会も良くはならない。
知的財産権
同社では知的財産権を非常にシビアに扱っており、社員23名のうち、3名が知財担当だという。「ノウハウを売っている」というほど重視するそのノウハウの流出を避けるためだ。
「自分たちの発言がサジェスチョンになって類推され、真似されるのは非常に心外ですし、訴訟リスクがあります。モノを売っているのではなくモノの作り方を売っているというのはそういうことです」
こうした考え方については社員も理解しており、入社時に契約書を書かせているという。内部の社員だけではない。クライアントとの関係も同様だ。相手の情報を守りますと一方的に受けるのではなく、自分たちもノウハウを持っているから守秘義務契約を交わしてください、と対等の立場を取っている。理解されず、取り引きに至らない企業もあるというが、こうした姿勢が却って信頼感につながり、お互いに安心して取り引きできる良好な関係を築いている企業も多いという。大手企業との取り引きも少なくない。
「このやり方で一気に業績を伸ばしました。こういう風にやっているから、現在のうちがあると思っています」
ひとつの例だが、本稿の取材、及び掲載にあたっても、記事の再利用を行わない旨記載された誓約書の提出を求められ、実際に書面を交わした。自分たちの知恵やアイデアは、権利としてしっかり守る。IT時代には必須の考え方だ。
◇
仕事はIT化、自主的に動ける社員もいる。
「私の仕事は遊ぶだけ。新しいものを探してくるだけです」
最後まで手の内を明かさない同氏だが、恐ろしいほどのクレバーさが透けて見える。煙に巻く言葉の奥から、その片鱗を感じさせる記事になっていれば幸いである。
井口一世(いぐち・いっせい)氏…1955年、東京都生まれ。1978年、立教大学経済学部卒業。2001年、株式会社井口一世設立、代表取締役。現職。2009年、東京農工大学修士課程修了。
株式会社井口一世
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