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不器用になった日本人

株式会社 泰信製作所

◆取材:加藤俊 / 文:田村康子

 

株式会社 泰信製作所 (2)

写真左:専務/林田由加里氏 ・ 写真右:代表取締役社長/大野永二氏  

 

戦前戦後、そして高度経済成長期も、日本の経済を担うのは、その「モノづくり」だと言われ、21世紀に至ってもなお、日本のモノづくりへの執着と、海外からの信頼は、ゆるぎないと言えよう。しかし、その日本のモノづくりを担っているのは、大きな製造工場ばかりではない。小さな町工場あってこその、日本のモノづくり、経済なのだ。

祖父が創業して、現在3代目。終戦直後から本田技研工業株式会社の試作・開発部品や、レース用バイク部品の製造を担って半世紀以上。株式会社泰信製作所の専務、林田由加里氏が、日本のモノづくりと、町工場のこれからを語ってくれた。

 

 技術力だけでなく、真摯なモノづくりで信頼を得て、お仕事をいただく

株式会社 泰信製作所 林田由加里 (1)

「弊社では、会社の維持・発展もさることながら、若い人たちに、モノづくりの楽しさを伝えていきたい。それが私たち、日本の町工場で働く者の使命でもあるのではないでしょうか」

そう語るのは、株式会社泰信製作所の専務、林田由加里氏だ。林田氏は、代表取締役社長を務める大野永二氏の姉で、営業や対外交渉、社内外のマネージメントに携わっている。

秋の草

泰信製作所は、第二次世界大戦が終了した1945年に二人の祖父が創業。当時から本田技研工業株式会社の、試作・開発部品や、レース用バイク部品を製作し続けて今日に至っている。社長の永二氏は3代目。2代目、永二氏の父は、現在会長の任にありながら、職人としても腕をふるう毎日だ。

「父が社長を務めていた時代は、高度経済成長期からバブル経済期。開発もバイクレースも盛んで、父や叔父達は、まさしく休む暇もなく働きづめの毎日でした。今は、開発のスパンが短くなっているのか、短納期での依頼が多く、大変な面もありますが、当社がそれにこたえられているからこそ、今も尚、お客様からの信頼をいただいているのではないかと思います。先々代、先代が築いてきたその信頼を損なわないように、私たちの世代も更なる努力を惜しまず、お客様の要望にこたえていきたいと思っております」

 

 

職人の確かな技術、確かな目、感覚、感触だけではない、
完成度の高いモノづくり

株式会社 泰信製作所

泰信製作所が本田技研工業株式会社からゆるぎない信頼を得ているのは、その技術の確かさだけでなく、真摯なモノづくりゆえだ。たとえば、バイクの心臓部であるエンジン部品。そのエンジンを支えるエンジンフレーム部品など。試作・開発部品やレース用部品は特注品であり、精密板金加工とはいえ、手加工でつくられるものもある。製品を完成させるにあたり、曲げ具合、絞り具合など、職人が手で機械を操り、長年の経験による、確かな目、感覚、感触により完成度の高いものが生み出される。

 

株式会社 泰信製作所 林田由加里 (2)

「一つひとつの製品づくりにおいて、『たぶんこうだろう』とか、『このくらいでいいだろう』という曖昧なことは決して致しません。お客様からの受注後直ぐ、社員全員で加工方法の検討、納期の確認、担当者の選定、確実にお客様に製品をお届けするまでに不明な点はお客様とお打ち合わせし、ときにはコストや納期をふまえての加工方法のご提案をさせていただいたりもしております。お客様とのコミュニケーションを密にし、図面上だけでは判断できないお客様の思いを理解した上でのモノづくりこそ、完成度の高いモノづくりだと思い、追求し続けております」

 

 

若手への技術継承のためにも、
積極的な対外アピールと客観的評価の獲得に邁進

株式会社 泰信製作所 (1)

第16回産業交流展(東京ビッグサイト)のブースに出展されていた靴。展示場でも、一際目立っていた。一見した限りでは、皮製の普通の靴かと見紛うほどだ。驚くべきは、皮のツヤと、そのしなやかな質感を相当なレベルで再現していること。それこそ、ホンモノに肉薄するレベルといっていい。ホンダの試作品制作を長いこと請け負っているだけのことはある、精密板金加工の素晴らしい技術力。(記者加藤)

お客様からのゆるぎない技術と信頼を有する泰信製作所の課題は、若手への技術継承だと林田氏は言う。

 

「国も世間も、日本のモノづくりの大切さについて繰り返し言及してくださるのはありがたいことです。ですが、町工場でどんなものがつくられているのか多くの人は知らないでしょうし、学校で子供たちがそれを見聞きする機会も少ないのが現状だと思います。でもそれは、私たちモノづくりに携わる者の努力が足りないから。こんなに楽しい世界がある事を、広く伝えていきたいと思っております」

 

その一環として、モノづくりの醍醐味を伝えるWebサイトの構築や産業交流展への出展を位置付けている。

「板金で革靴をリアルに再現した作品を展示して、より多くの人に弊社の精密板金加工技術と、モノづくりの楽しさを知っていただきたいと計画しています。革製品の職人さんが革を鞣すように、板金加工の技術を使って、実際に履いてみたいと感じていただけるような、そんな靴づくりを目指しています」

 

展示会への出展は社内の意識づけも狙ってのこと。長い間、大手1社の製品づくりを担い続け、確かな信頼も得ている。だが、それゆえに社内と関係者以外の客観的評価について意識する機会も少ない。日本の変革期である今こそ、業界を越えた様々な人たちの視点による評価をいただいて、新たな展開を試みる好機でもあると、林田氏、そして社長の永二氏は考えている。

 

 

幼い頃から手先を使う日常生活づくりを

風景 (18)

町工場の置かれた環境が総じて非常に苦しいと語られる中、本田技研工業株式会社と密な関係を今日においても堅持できている泰信製作所。その理由が知りたくて話を訊きにいったのだが、モノづくりに対する真摯な姿勢を見るにつけ、その理由を訊くまでもなく、すべてが腑に落ちた。

 

ただ、一点だけ、取材の中で気になったことがある。林田氏が、日本のモノづくりの将来を憂慮して語っていた言葉なのだが……。

 

「職人さんに限らず、かつて日本人は誰でも手先が器用だったと思います。たとえばナイフで鉛筆を削ったり、料理に使う包丁さばき、折り紙や着物の着付けで紐を結んだり帯を締めたりなど。小さい頃から日常生活の中で自然に手先を使うことで器用さが培われてきたからだと思います。

株式会社 泰信製作所 林田由加里 (3)

ところが今、幼い子に、危ないからとハサミやナイフの使用を躊躇ったり、靴紐のない靴を履いていたり、自然に手先を使う機会が減ってしまっているのではないかと感じます。

子供たちを見守りながら、手先を使う訓練になるようなものを使って楽しんでもらいたい。それが若い人の、モノづくりへの適正発見になり、日本のモノづくり技術の更なる発展に繋がるのではないでしょうか」

 

日本人が利便性を求めた先に、自らの強みである器用さが失われていくのだとしたら、これに勝る皮肉はない。

諸外国から「日本人、不器用になったね」などという言葉が向けられてしまう未来を避けるためにも、ここは一番影響を被る可能性のある町工場同士が、自分たちが最後の砦なのだという自覚を持ち、国に大きな声を上げるべきではないだろうか。

林田氏の心配が、杞憂に終わることを切に願うばかりである。

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プロフィール

林田由加里氏(はやしだ・ゆかり)…1970年東京都生まれ。川村学園女子大学卒業後、㈱泰信製作所に入る。同社の専務取締役として現在に至る。同時に、休日は日本舞踊教室講師・着付教室講師・礼法教室講師として『紫おんの会』を主催している。

 

株式会社 泰信製作所

〒140-0013 東京都品川区南大井3-2-9

TEL 03-3761-5361

http://taishin-shokunin.jp/

 

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