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株式会社タカラエンジニアリング|東電と共に半世紀! 原発事故で吹き荒ぶ逆風をものともしない誠実の人!

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株式会社タカラエンジニアリング  東電と共に半世紀!

原発事故で吹き荒ぶ逆風をものともしない誠実の人!

◆取材:綿抜 幹夫 / 文:小川 心一

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21_Takara_eng株式会社タカラエンジニアリング 代表取締役 鷲見攻一氏(すみ・こういち)…昭和18年岐阜県生まれ。岐阜の工業高校卒業後、昭和36年日本工営株式会社入社。昭和41年日本大学卒業。昭和47年独立。昭和52年株式会社タカラエンジニアリング設立。

昨今の風潮として、脱原発、反原発は一種の流行のようにも思える。確かにあの震災で被った被害の大きさを思えば、目先のコストには代えられないのかもしれない。だが、国の基盤を成す電気がいわば『雰囲気』で左右されていいものか。逆風にさらされる東京電力を、長きに渡って支えてきた株式会社タカラエンジニアリング代表取締役、鷲見攻一氏は憤りを隠せない……。

 

東京電力との出会い

先の東日本大震災に起因する数々の被害の中で、とりわけ大きく、また後世にまで禍根を残すのが福島第一原発事故だろう。後の原子力行政に対するダメージといった副次的な問題も含めて、東京電力の負った傷は致命的かもしれない。その東電と半世紀以上もの間、歩んできたのが株式会社タカラエンジニアリングの鷲見社長だ。

「私は地元岐阜の工業高校を卒業すると、日本工営株式会社に入社しました。建設などのコンサルタントを行う会社です。周りの社員は皆大卒で、肩身の狭い思いがありました。そこで一念発起し夜間の大学に通い始めたんです。そうなると学校の都合で出張のある業務が難しくなる。上司も私に配慮してくれまして、都内の顧客につけてくれました。それが東電さんだったわけです」

こうして、最初の会社で出来た東電との絆は、今日に至るまでずっと続いているのだ。縁は異なもの、である。

 

 

家族のために独立を決意

働きながら大学を無事卒業し、サラリーマン生活は傍から見れば順風満帆に見えただろう。だが実情と言えば……。

「働きながら大学に通っていた23歳の時、結婚しました。子供4人に恵まれ、母も同居していましたので、7人の大家族となったんですが、こうなるとサラリーマンの給料だけでは正直生活が苦しくなりましてね」

会社に入って12年。仕事のスキルは充分に身につけた。時は第一次オイルショックの頃だったが、それでも今とは比較にならないくらい、仕事は潤沢にあった。

 

「当時は土木の仕事がたくさんありましたしね。収入も数倍に増えるよと言われて独立を決めました。独立の直前に、JGCから海外のプラントへの派遣の話があって、アルジェリアに3年半ほど単身赴任で出向きました。家族に楽をさせたいがための苦渋の選択でしたね」

 

頑張って稼いでも、かの地では使う場所もない。お金はずいぶんと貯まったそうだ。

「帰国後、日本工営の先輩のところに相談に行くと、東電の仕事をずっとやっていたんだから日本工営を窓口に東電の仕事をしたらいいとおっしゃってくださいました。そこで興した会社が、このタカラエンジニアリングというわけです。昭和52年のことでした」

 

高度経済成長はすでに過去のことだったが、電力関係は年6%以上も需要が伸びていた時代だ。独立時にありがちな苦労はあまりせずに済んだという。

 

 

凄まじい向かい風の中で

日本の今日までの発展は、電力の安定供給あったればこそだ。他のエネルギーに比べ、便利で使い勝手のよい電気エネルギーの役割は年々高まっており、一次エネルギーに占める電力の比率は、現在では4割以上となっている。

「この世の中で人が生きていく上で、まず基盤となるのは水と電力。電気が使われてこそ、我々の文化は発展していくというのは、近代以降の歴史が証明してくれています。だから、電気の仕事に携わっていれば食いっぱぐれはない。それを誠実にやっていきさえすれば絶対に大丈夫だと信じてここまできました」

だが、電力の仕事も天災の前では絶対ではなかった。東日本大震災で、東電が被った甚大な被害から、東電の下請けの三分の二は転廃業の憂き目にあっている。

 

そんな、立っていられないような向かい風の中にあって、タカラエンジニアリングが今も存続しているのは何故か。

「我が社がかろうじて生き残ったのは、社員の熱意によるところが大きい。人のやりたがらないような仕事を誠実にやってきたからでしょう」

大きなピンチは今回ばかりではなかった。やはり原発事故がらみの危機は過去にもあった。

「柏崎刈谷原発の事故で、東電の予算があちらにばかり回ってしまったことがあります。我々は一般の都市流通設備の土木コンサルタントなので、こちらには予算がつかなかった。再稼働を目指していたところに、このたびの東日本大震災が発生し、今度は福島第一があんなことになってしまった」

 

何度も訪れた危急存亡の秋を切り抜けてこられたのは、会社創業以来のモットーである『誠実』がすべてだった。

「こんな時にお客様のところにお邪魔しても、迷惑がられるかもしれない。しかし、こんな時だからこそ『誠実』さをもって人と接するのが何より肝心なんです。悪い雰囲気の時でも、とにかく顔を出してつながりを大事にしたことが、今の仕事につながっているわけです

ピンチに陥ると、とかくギスギスして、自分のことしか見えなくなるもの。だが、どんな窮地にあっても、誠実を胸に相手の懐に飛び込むことは、社長の最も得意とするところだった。当然社員にもその精神は注入されている。

 

この境地に達する前、今から10数年前には、いよいよ倒産かという会社始まって以来の未曾有の危機があったそうだ。

「当時45人くらいいた社員が10人抜け、15人抜けという事態に陥りました。退職金だけでも我が社にとっては莫大で、年間の借入金を超えるような勢いだった。当然身の丈を超える借金漬けになってしまったわけです。そんな風になったのは東電の仕事が年々縮小していったからでした。バブルの後始末が顕在化していった時期で、過剰な設備投資のつけが回ってきたためです。その時に、思い切って二億円以上あった借金の返済を止めました。利息だけを返しながら事業の立て直しを図って、何とか生き返ったんです」

 

この時に得た教訓が、その後何度か訪れたピンチに活かされている。

「苦境に陥ったとき、最も大事なのはキャッシュフローです。できれば1年先までお金が回るような手立てをしておけば安心です。資金がなければ事業は回りません。これを心がけてきた私の姿勢を社員も見ていてくれて、よく協力してくれていますよ」

名君の下にはいいご家来が集う。タカラエンジニアリング存続の秘密はここにあるのだろう。

 

「私は社員を褒めることはしても、絶対に叱ったりしない。貶さない。社員のいい面だけを見るようにしています。誠実に向き合うというのは、こういうことだと信じていますから」

さすが誠実一路の人である。

 

 

出会いこそすべての源泉

こういう境地に至るには、何の影響が大きいのだろうか。鷲見社長は出会いこそ大切であると力説する。

森信三先生(哲学者)の教えを勉強する会に参加しているのですが、それが私にいい教えを授けてくれます。特に『出会いは人生の花を咲かせる』という森先生の言葉に感銘を受けているのですが、実際、後になってあの人と出会えてよかったと思える人が大勢いるんですよ。今も尊敬する鍵山秀三郎さん(株式会社イエローハットの創業者)との出会いもそうです。そういう人との出会いこそが私の大きな財産となっています。そして、鍵山さんの周りにいらっしゃる方々との出会いも大きい。一緒にいると非常に楽しい人ばかりです」

 

人との出会いの中にこそ、生きる本質が見えてくる。それが誰に対しても誠実に接する源なのだ。

「この数年、最重要クライアントの東電は、いわれないバッシングを受けている。もちろん、東電の全てが正しいということではないですが、少なくとも現場で働いている社員は、使命に燃える立派な人ばかりです。私たちは彼らの心に寄り添って、その心を和らげてあげられる立場でありたい。彼らの立場に立った時、どれほど理不尽な仕打ちに耐えているのかと思います。こういう気持ちを大事にしていれば、いずれ彼らが立ち直った時、一緒に仕事をしたいときっと思ってくださるでしょう」

どこまでも謙虚、どこまでも誠実。この姿勢がある限り、タカラエンジニアリングの未来は明るい。

 

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●株式会社タカラエンジニアリング

〒141-0031東京都品川区西五反田3-9-23 丸和ビル

TEL 03-3491-4064

http://www.takara-eng.co.jp

 

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