倉庫から地域住民憩いの場へ。滝山団地に50年の歴史を刻む「みどりや」の再生劇
取材・文:和田祐里香
滝山のカルチュア・センター「みどりや」
JR武蔵小金井駅からバスで20分。滝山五丁目バス停の目の前には、建物ほどもある大きな張り出した屋根が特徴の「みどりや」がある。ガラス張りの壁からは、木材を基調とした温もりある店内の様子がうかがえる。この建物は50年間、滝山の変わりゆく風景とともに姿を変えていった。
みどりやは、ブックカフェ、地産マルシェ、イベント広場の3つの役割を柱とした、滝山団地住民のためのコミュニティスペースである。取材に伺った日は毎月第二金曜日恒例の絵本の読み聞かせイベントがあり、たくさんの親子と地域の方々でにぎわっていた。
本と地産野菜と地域の人々。みどりやがこのような地域のコミュニティスペースになるまでには、2人の男の物語があった。
団地衰退から30年。閑散とした野菜直売所を地域のコミュニティの場に
みどりやの歴史は、50年ほど前までさかのぼる。もともとこの建物は、昭和43年に完成した滝山団地と同時に開業した「みどりや菓子店」であった。当時の滝山団地は、画期的な都市住宅として輝かしい存在であり、並びの商店街も三越をはじめとする多くの店でにぎわっていた。当時の様子は、原武史著の『滝山コミューン一九七四』にも詳細に描かれている。
しかし時代とともに団地は疲弊、幹線道路沿いに大型店舗ができてからは商店街からも客足が遠のき、みどりや菓子店は約20年の営業に幕を閉じた。それ以降この建物は、近隣の書店『ブックセンター滝山』の倉庫として使われるとともに、ひっそりと地産野菜の直売を行っていた。
そんなみどりやが再び日の目を浴びることになったのは昨年2016年の8月のこと。みどりや含め滝山に江戸時代初期から土地をもつ15代目の野崎林太郎氏が、家業である書店業・不動産業と農業を継ぎにここに戻ってきたときのことだった。
野崎氏は東京工業大学卒業後、日立製作所でシステムエンジニアとして就職。1年前に家業を引き継ぐために生まれ育った滝山に戻ってきた。現在は不動産業を営む傍ら、滝山団地の先にあるブルーベリー畑で土を弄り、同時に父の代から始めったブックセンター滝山の経営をしている。
「滝山に戻ってきてすぐのころは、確かに葛藤もありました。このままグローバル統括エンジニアとして働き続ければ、もっとできることも広がってくだろうという中での退職だったので、初めは畑の土を弄りながら『なにやってるんだろう』と思ったこともありました」
戻ってきてみどりやを覗いたとき、過去の菓子店だったころの賑わいが失われ、野菜が並べてあるだけの店内はもの寂しく感じたという。
「ただ、この地域を豊かにしたいという想いはありました。家系で持っている農業や書店といったビジネスとしてのバックグラウンドを使って、なにか地域の方々に親しんでいただける場を作れないかなと、たとえば幼稚園や保育園といった学び舎ではなく、地域のコミュニティとしての空間を作りたいというイメージはありました」
総工費は相場の10分の1。仲間内・手作業で進めた大改装
長い間人目を浴びなくなったみどりやを、地域のみんなが集う憩いの場に変えていくべく、2016年の夏、大学時代からの友人であり建築家の小笹泉氏が野崎氏とともに改装を始めた。改装をするにあたって、大きな予算は確保できず、地域の農家の方々と少しずつ進めていった。
「改装には、素人が入手できる資材の中では最も安価な30mm×40mmのタルキを使いました。足りなくなったらトラックでホームセンターに行ってというのを繰り返していました。でも、資材を小さなものに統一したことで建築の経験がない一般の方々にも協力していただけましたし、結果的に空間全体に一律の雰囲気が行き渡りました。業者さんに頼むと300万~500万が相場ですが、10分の1程度に収まりました」
小笹氏は、みどりやの建物について、『外から見えて楽しい、中から外が見えて楽しい』がコンセプトであると語ってくれた。その狙い通り、目の前のバス停から降りた人々が、張り出し屋根の下のベンチで休憩がてら、中に入ってきてくれることも多くなった。そして1年後、ついに木の温もりとガラスの窓の解放感が調和した心地よい空間が出来上がった。
みどりやで最初に行われたイベントは、近隣に住むアマチュア写真家の写真展であった。その後高齢者向けに手を動かすための塗り絵教室、書画展示、近所でとれた果実のジャムやクッキーの販売、親子向けの絵本の読み聞かせなど、さまざまなイベントが行われた。
中でも2017年8月に行われた「おもちゃの広場」イベントは一週間で500人ほどもの人が訪れ、大盛況に終わった。四谷の東京おもちゃ美術館と協同で行われ、多くの親子が木のおもちゃで遊んだり、夏休みの自由研究おもちゃ作りの体験を楽しんだ。野崎氏はその時の様子を懐かしむように語ってくれた。
「方向性が分からない中でやっていった中で、初めてここがこんなにたくさんの人に使われている光景を目の当たりにして、単純にとてもうれしかったです。みどりやという存在が、地域のニーズとマッチしているというのを実感できたときでした」
目指すは「こんな場所あったらいいな」そう思ってもらえる空間
野崎さんはみどりやのこれからについてこう語ってくれた。
「大きな商業施設でもいいと思うんですよ。それが地域にもたらすものもあると思います。でも、それって本質的に地域が豊かになっているわけではないと思うんですよね。そこで消費されたものはその地域外に出て行ってしまう。それよりも、その場で作られたもの、その場でのサービスを消費してほしい。だから『近所にこんな場所あったらいいな』って皆に思ってもらえる場所を目指しています」
取材当日、絵本の読み聞かせイベントに来ていた子供たちを喜ばせるため、取材のおわりに野崎さんはサンタクロースの格好に扮していた。
「みんな、プレゼントもらったかなー?」
菓子店から倉庫へ、そして地域の人々に愛されるコミュニティの場へ。
みどりやの新しい歴史がいま、紡がれ始めた。
みどりや MIDORIYA 所在地:東京都 東久留米市滝山5丁目12−20 Facebookページ:https://www.facebook.com/midoriyabc/
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