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弱い者イジメもいい加減にしろ!! 工場の簡易リフトがピンチに ‐ ワタベ産業株式会社

 

オビ 企業物語1 (2)

弱い者イジメもいい加減にしろ!!

工場の簡易リフトがピンチに

◆取材:綿抜幹夫

オビ スペシャルエディション

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簡易リフト・昇降機・荷物用エレベーター専門メーカー ワタベ産業株式会社/代表取締役会長 米山徹朗氏

国民の安全を守る、という大義の下、時に法令や行政指導がモノづくり企業を窮地に追い込むことがある。ワタベ産業が今まさに直面しているのがこの問題だ。

正確な知識が共有されていないことに加え、メディアの報道が騒動に拍車をかけ、国がそれを後追いする。苦しむのはコツコツとモノづくりに励んできたメーカーばかりだ。米山徹朗会長に、胸のうちをすべて語りつくしていただいた。

 

国交省と厚労省で異なる基準 狭間で困窮するメーカーの悲劇

2006年に東京・港区のマンションで男子高校生がエレベーター事故で亡くなった痛ましいニュースをご記憶の方も多いだろう。その後、2012年10月には金沢市内のホテルで女性従業員がさらに犠牲となってしまった。どちらも同じメーカーのエレベーターだったために、シンドラー社の名は日本中に知れ渡ることになった。

これに関しては明らかにメーカー側の過失であり、世間もメディアも厳しい追求の目を向け、監督官庁である国土交通省が緊急点検の指導に乗り出すのも当然の成り行きである。

 

ところが、事態は思わぬ方向に飛び火してしまった。シンドラー社以外の事故についても報道が出るようになり、エレベーターとは用途の異なる簡易リフトにまで、無用の指導が及んだのである。

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「平成22年になってから急に、国交省(旧建設省)は、簡易リフトにも厳しい規制をかけてくるようになりました。国交省の言い分は、『面積が1平方メートル以上、または枠の高さが1.2メートル以上のものはすべてエレベーターとみなし、安全性の基準を満たさなければならない』というものです。

エレベーターである以上、移動するカゴ自体の扉、各階の扉、2つの扉を付けなければならず、他にインターホンの設置も必要です。このように簡易リフトを改造するためには、1台あたりおよそ1千万円の費用がかかります。国交省は指導をするだけで、むろん費用を負担する気などありません。工場に簡易リフトを何台も持つ中小企業が、そんなお金を出せるはずがないんです

 

米山徹朗会長は、憤りの声を上げる。こうした事態の背景には、実は二重の歪みが存在する。

一つは、エレベーターと簡易リフトの相違がまったく理解されていないこと。

もう一つは、国交省のほかに、実は厚生労働省(旧労働省)にも独自の基準があり、国がダブルスタンダードの上に乗って平然としている実態があった。ちなみに、エレベーターは国交省の、簡易リフトは厚労省の、それぞれ管轄下にある。

 

「昭和37年に時の労働省は、告示第五十七号及び労働安全衛生法第四十二条を出しました。それによると、床面積が1平方メートル以内、または枠の高さが1.2メートル以下であれば簡易リフトとして認められることになっています。どちらか1つを満たせばいいんです。

ですから、床面積が1平方メートル以内であれば枠の高さはどれだけ高くてもかまわないし、逆に高さが1.2メートル以下であれば、積載面積はどれだけ広くてもOKということです。それを、『どちらもクリアしていなければならない』としたのが国交省の見解です。国が2つの矛盾した基準を持っているんです。

私どもは労働省の基準をしっかり守り、これまで無事故でやってきました。そこに急に国交省が従来の基準を持ち出して口を挟み始めた。その背景には、簡易リフトにおいても死亡事故が起きてしまった、ということがあるのですが、そうした事故は自損事故なんです。機械に構造的欠陥があるのではなく、そもそも人が乗ってはいけないものに乗ってしまったがゆえの悲劇。エレベーターと簡易リフトを混同して一方的に圧力をかけているのです」

 

「混同」の元凶になっているのはマスメディアだ。新聞などは簡易リフトとエレベーターの違いをまったく理解しないまま記事を掲載し、世論を煽る。エレベーターの管轄は国交省だから、当然、風当たりは強くなる。なんとかしなければならない。しかしそこで国が取った処置は、国交省と厚労省のあいだでキチンとコンセンサスを取ることではなく、一方的に簡易リフトメーカーに圧力をかけることだった。

国土交通省住宅局建築指導課に電話で問い合わせたところ、帰ってきた答えは以下のようなものである。まず、国交省としては平成22年度から急に指導を始めたのではなく、それ以前から建築基準法に則って指導は行っていた。実際に死亡事故が起きている以上、規制を強化するのは当然であり、あくまで建築基準法の下に行うものであるから、二重行政には当たらない。

この回答で米山会長が納得するだろうか。答えはむろん、否。そして会長は、いよいよ身銭を切って声を挙げる道を選択したのである。

 

地道にモノづくりに努めてきた

米山会長の決断について書く前に、ワタベ産業の来歴について触れておきたい。同社の設立は昭和48年11月にまで遡るが、設立者は米山氏ではない。そして現在も同社では「社長」は不在、代表者の肩書きはあくまで「代表取締役会長」である。このあたりの経緯について説明していただいた。

 

「私は四国の松山出身ですが、ワタベ産業の創業者は私ではありません。旧制中学時代の友人で、社名のとおり、渡部という男です。私は愛媛県で米山工業という会社を経営していましたが、その友人が私の作る簡易リフトを販売させて欲しいという提案をしてきたんです。

ワタベ産業の設立にあたり、いくらか出資しました。ところが4年ほど経って会社が傾き、私が資金提供をしました。その時点で渡部は退き、専務が新社長に就任しましたが、また4年経った頃、今度はこの男が融通手形を出してしまったんです。それでまたしても倒産の危機に瀕し、2度目も私が資金を出してテコ入れし、なんとか立て直しました。それでその2度目の危機のあとから、私自身が会長になることに決めたんです」

米山工業とワタベ産業の二足の草鞋。これは今も続いており、81歳という年齢ながら、松山と東京を往復する日々である。

 

「米山工業のほうで、昭和43年にモノラックという機械を開発し、これが当たりました。急傾斜の果樹園に、1本のレールで運搬ができる機械ですが、農家さんがとても喜んでくれましてね。大いに利益も出ました。ところが、オレンジが自由化になった時がありましたでしょう。あれでミカンが一気にダメになりました。

世話をしても赤字、元が取れないから栽培放棄が始まり、山はまるで密林のようになってしまいました。かろうじて残ったのは南伊予のミカンくらいで、やはり海の光があたると味がいいんですね。しかし約8割のミカンはダメになりました」

そんな試練を乗り越えつつ、2つの会社の面倒を見てきた米山会長。ワタベ産業が開発したオリジナルの簡易リフト「ラックリフター」の製造は39年間で1万6千台を記録し、土地もビルも全部自前。多い時は数億あった借金もすべて完済し、現在は借金ゼロだという。支払はすべて現金決済で、手形を割ったり振り出すこともない。

2度の倒産危機を救い、2つの会社を育て、まさに堂々たる企業人の人生である。それだけに、降って湧いたようなこの度の騒動が、どうしても許せないのだ。

 

簡易リフトはエレベーターではない! 新聞に意見広告を掲載

さて、米山会長の決断とは、ズバリ、新聞紙上への意見広告の掲載である。ワタベ産業は、国土交通大臣あて、日刊工業新聞に意見広告を出した。そこでは、違反と見なされた簡易リフトの荷台寸法について、これは労働安全衛生法を遵守したものであること、この間発生した事故は自損事故であり、メーカーの責任ではないこと、簡易リフトなしに、中小企業は今後やっていけないこと、などが切々と訴えられている。

 

昭和37年の労働省告示以来、一度も何も言って来なかった建設省・国土交通省が、ここへ来て急に口を出し始めたことがそもそも解せません。私どもがラックリフターを販売することができなくなるばかりでなく、多くの中小企業の工場に致命的な打撃を与えることになります。しかし、残念ながら我々には発言の機会がない。そこで止むにやまれず、意見広告に踏み切りました」

 

業界全体では、この50年間でおよそ20~30万台の簡易リフトが製造されているという。そのすべてを、エレベーターの仕様に改造しなければならない、国交省は本気でそう考えているのだろうか。

 

「エレベーターと簡易リフトの違いもロクに調べないで、いたずらに騒ぎ立てるマスコミにも腹が立ちます。厚労省も、国交省に対し、『そちらは口を出すな』となぜ言わないのか。ひたすら沈黙を守ったままです。

シンドラー社の事故は、あれは完全なブレーキ調整の誤りで、人為的なミスです。ああした事故は撲滅しなければなりません。しかし、簡易リフトの事故はいずれも自損事故。例えば暴走族が急カーブに猛スピードで突っ込んで、曲がり切れずに横転したとして、それで自動車メーカーを責める人がどこにいますか? どう考えてもドライバーの責任でしょう? それと同じ構図ですよ。

最近では、大企業の部長クラスも、国交省に逆らいたくない一心で、コンプライアンスの名目の下、いま使用している簡易リフトまで外してエレベーターにしようという動きがあります。大企業なら資金もあり、可能かもしれない。しかし我々中小企業に同じことができるはずがないんです」

 

この問題は実は、ワタベ産業だけの問題ではない。行政と大企業の論理の前に、中小企業ばかりが泣きを見るという旧来の力関係を背景にしており、いつでも誰でも当事者になり得るからである。

 

さて。同じくメディアを司る一員として本誌も多いに自戒をしつつ、この問題の推移を見守っていきたい。

 

オビ スペシャルエディション

●プロフィール

米山徹朗(よねやま・てつろう)氏…昭和6年、愛媛県松山市生まれ。千葉工業大学機械科卒業後、昭和32年、多摩川精機に入社。その後、愛媛三菱農機販売を経て、昭和36年、米山工業を設立。その後、ワタベ産業の会長として2社を兼務する体制に入る。現在、米山工業取締役相談役、ワタベ産業代表取締役会長のほか、愛媛鋼管社長、ラックサービス社長も兼ねている。

 

ワタベ産業株式会社

〒130-0005東京都墨田区東駒形4-13-3

TEL 03-3626-5851

http://www.watabesangyou.co.jp/

 

町工場・中小企業を応援する雑誌 BigLife21 2013年4月号の記事より

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