オビ 企業物語1 (2)

「環境」と「健康」をテーマに社会貢献へと突き進む

既得権益の壁を壊し、日本の技術革新と経済復興の道をつくれ!

 

〈世界唯一の技術・配管防錆装置「NMRパイプテクター」を開発〉

日本システム企画株式会社/代表取締役社長 熊野活行氏

 

NST01_kumano

 

目の前の壁に「命懸け」で挑み続ける社長の半生

「このままでは日本がダメになってしまう」と熊野活行氏は大きな危機感を覚えていた。

1993年、日本のバブル景気は膨れ上がり、金儲け至上主義となり、多くの企業が「金ころがし」に傾倒した時代。同氏が設立した組織の名は、希望と信念を込めて「日本システム企画」とした。

日本が持つ、減少する労働力、阻止される技術革新、そして座して死を待つエネルギー問題。これら日本経済の壁を破壊する、その戦略と覚悟とは何か。

同社代表取締役社長・熊野氏に聞いた。

 

 

日本システム企画の誕生と願い

熊野氏が同社を設立したのは1988年。バブル景気後期、日本は金儲けに興じ自滅のゴールへと向かっていた。「財テクをしない経営者は馬鹿だ。そんな時代でした」と同氏は当時を振り返る。

自社の商品よりもブランド品の販売、事業よりも不動産への投資。儲けのためなら何をやっても良いという考えが、市場に蔓延していた。

利益は会社を継続するための「手段」であって「目的」ではない。本来、企業の社会貢献とは、企業活動そのものだったのではないか。

 

「この日本のシステムを変えなければならないと思いました」

 

強い信念が、熊野氏を動かした。1988年6月「日本システム企画」を設立。

 

「自分達の企業活動が成功して、世の中に認知されれば、社会構造を変えられるに違いない。それをできるのは、自分しかいないと考えていましたね」

 

企業活動のテーマは「環境」と「健康」。設立以来一貫して変わらない。

 

「このキーワード以外のことは、どんなに儲かろうとも一切やらないと決めました。世の中に喜ばれるものを作って提供していれば、会社は潰れないと、私は信じています」

 

設立以来、連続黒字経営を続け、いよいよ今年は30期目となる。

 

「我々はベンチャー企業みたいなものです。でも、ベンチャー企業が3年でやるところを、30年かかりました。黒字経営を続けられたことは、我々の活動が社会に受け入れられている証だと思っています。正直に、身の丈のビジネスを行ってきた結果です」

 

 

オンリーワンの技術 環境・健康で社会貢献

NST02_NMR同社が企画・開発・販売を手がける配管防錆装置「NMRパイプテクター」

同社のキーワードである「環境」と「健康」は、熊野氏が代表を務める2つの組織によって展開している。

「環境」では配管防錆装置「NMRパイプテクター」の企画・開発・販売をメインとした「日本システム企画」、「健康」については床ずれ防止マットの研究開発・製造、サプリメントの販売を行い、こちらは「日本ヘルスケア」で展開している。

この内、日本システム企画による配管防錆装置「NMRパイプテクター」が主力商品だ。

 

配管は赤錆が発生することによって腐食し、漏水を起こす。赤錆の発生を抑え、管を更生する装置を導入することで腐食を抑え、配管の寿命は40年以上となる。

日本の他、アメリカ、ヨーロッパの特許を取得した「配管防錆装置」は、世界で唯一の技術だ。

 

「日本でも世界でも役に立つものを、世界に広げようと考えました」

 

従来の水道や空調の配管は、腐食による水質汚染を避けるため、20年から25年というサイクルで交換しなくてはならない。この「交換」は「メンテナンス」という名の、生産性のない無駄なエネルギーであると、熊野氏は見解する。

 

「延々と繰り返されるメンテナンス費用は、日本全体を考えると膨大な金額になります。その費用を、国の技術革新や企業の事業への投資に回すことができれば、経済の発展に繋がるのではないかと考えたのです」

 

特に水道管については、1960年代、東京オリンピックに合わせた土木インフラ整備によるものだ。整備から既に40年以上経過している水道管は、早急なメンテナンスの必要性が考えられる。

しかし、新しく水道管を「交換」するとなると、莫大な国の税金が使われることとなる。同社開発の「配管防錆装置」ならば、交換の必要はない。

「NMRパイプテクター」は、画期的な製品となるはずであった。

 

「でも、ダメでした。日本には、この配管防錆装置を広めることができない理由があるのです」

 

 

立ちはだかる既得権益。システム変革の壁

医療や薬、その他の最新技術。なぜ日本の企業は日本を飛び出し、海外での研究開発と展開を目指すのか。

その理由のひとつには、日本に昔からはびこっている構造がある。建設業や薬品に事例が多い「既得権益」だ。

 

NST03_secchi(写真上から)英国における「NMRパイプテクター」設置状況
・バッキンガム宮殿(2007年1月12日に設置)
・ウィンザー城(2007年1月24日に設置)
・大英博物館(2016年3月30日に設置)

同社の配管防錆装置を使えば、20年で交換しなければならない配管が延命でその後40年以上もメンテナンス不要となる。水道管なら10分の1から40分の1の費用で配管を守ることができる。

そうすると、困るのは設備業者や配管工事会社だ。この配管防錆装置が市場に出回ってしまうと、仕事がなくなるということになる。

 

国はこの特定の業種が持つ既得権益を守る傾向がある。政府は、日本の技術革新のための構造改革をうたってはいるが、実際には既得権益保護が横行しているのだ。

「まさに、日本のシステムを壊す仕事ですよ」と熊野氏は言う。

 

同社の配管防錆装置は、国内外3600棟以上の実績を誇る。中でも、イギリスのバッキンガム宮殿、ウィンザー城、大英博物館にも導入され、効果実績はイギリス国家の保証済みだ。

現在は、国内が80%、海外が20%の売り上げ比率であるが、この先50対50となるだろうと同氏は予測している。

 

既得権保護一辺倒の中、厚生労働省の認可法人「日本赤十字社」には、同社の防錆配管装置が導入されている。それは、同氏個人が行う、国際親善が生んだ縁によるものだった。

 

 

創立したモンゴルの大学が全国1位

「社会貢献している会社は、潰れない」という思いを持つ熊野氏。同氏は、1993年から「医療と教育」をテーマに、モンゴルで社会貢献を行っている。

23年前のモンゴルは、2年半前までソビエト連邦の衛星国で、貧しい市場経済国家であったという。

 

「とにかく劣悪な医療環境でした。医療知識がない、医療設備もない。日本からの支援はどうなっているのかと感じ、モンゴル赤十字社に問い合わせてみたのです」

 

すると、韓国と国際赤十字社からの支援はあるが、日本からの支援はないという。

それはおかしいと日本赤十字社に問い合わせると、国際赤十字社に支援金を送り、国際赤十字社がとりまとめてモンゴルへ送金しているという。

 

「そこで、日本赤十字社の総務局長以下全員をモンゴルへ連れて行って、直に支援を行ってもらうようにしました」

 

日本赤十字社主催の医療研修を行うなど、同氏が指揮を取り、医療整備が始まった。

程なくして、「熊野さんは、何の仕事をしているんですか。日赤が熊野さんの仕事を助けることはできますか?」と日本赤十字社が聞いてきた。

自分達やモンゴルの世話ばかりしていることで、同氏の仕事が回らなくなることを心配したのだ。

 

「それで、うちの配管防錆装置の話をしたら、導入してくれることになりまして」

 

と同氏は笑う。儲けを度外視した社会貢献が、人脈を繋げたのだった。

 

この活動をきっかけに、熊野氏はさらに人脈を広げ、モンゴル外務次官と出会う。意気投合した同氏は、困っていることを聞き出し、モンゴル国外務省へアナログカプラーのファックスをプレゼントした。

 

「そうしたら、クリスマスの日に、今すぐ大使館に来てくれと私のところに電話が来たんです。何かと思い行ってみると、あの外務次官が居たんです」

 

その外務次官は、特命駐日全権大使の認証式のため、年が明けたら皇居へ出向くという。そして「天皇に会う前に、貴方に会いたいと思ったのです」と言った。

特命駐日全権大使がお忍びでやって来て礼を尽くす。これには熊野氏も敵わなかった。

 

「わかった。何でもできることはやるよ、と答えました。できるのは、私しか居ないんですからね」

 

当時、日本が行っていたモンゴルへの支援活動は、古着を集めて送るような奉仕活動しかなかった。この活動だけでは、モンゴルの発展を望むことは難しい。

熊野氏は、今のモンゴルに必要なことは「教育」であると考えた。

 

NST04_college2015年に開催されたモンゴル大学間学力コンテストの模様

経済的独立を推進するため、同氏は金融知識の習得を目的とした大学を創立。これが「モンゴル国際経済大学」だ。

モンゴルの大学は、毎年審査があり、その審査に通らなければ認可はおりないという。厳しい制度の中、モンゴル国際経済大学は実績を積み上げ、博士課程を有するモンゴル国内最大の私立大学へ成長させた。

同氏はモンゴル全国大学学力コンテストも導入し、ついに平成27年には、国内最高峰であるモンゴル国立大学を抜き、モンゴル国際経済大学が1位となった。

 

「早稲田慶応が東大を破った感じですね」

 

テレビカメラもやってきて、モンゴル国内では大ニュースとなったという。

こうして、モンゴルの教育と医療を整え、民主化を見届けた熊野氏だが、その次はミャンマーにて冒険活劇を繰り広げることとなる。

 

 

できるのは自分しか居ない。国宝仏像を救え!

NST06_cycloneサイクロン災害の被災地へ直接米を配布するため、トラックにて買い付けを行った(写真左)。米の他にも、浄水ボトルを配布。写真右は被災地の子供たちとの記念撮影(※いずれも2008年5月)

「モンゴルも落ち着いてきて、そうしたらミャンマーに縁ができて行き始めました。その時に、たまたまひとつの寺院を修復することになったんです」

 

と、熊野氏は振り返る。

そんな時、軍が仏教協会と寺院を抑圧する事件が起きた。2007年ヤンゴンで勃発した「ミャンマー反政府デモ」だ。

軍事政府は寺院へ協力する市民の逮捕、一切のお布施を禁じた。寺院は市民からのお布施を得ることもできず、経済的に困窮状態となった。

困窮は、数千年守られてきた歴史をも手放してしまう。寺院の困窮を打開する手段として、ミャンマーの古い寺院にある仏像が『地下ルート』へ流れそうになったのだ。

これらは、各寺院が千年、二千年と守ってきた、歴史的価値の非常に高い、世界遺産級の仏像である。

 

「その時は、たまたまミャンマーで一番大きな屋敷を私が借りていて、たまたまお金もあって、しかもその家と土地一帯は、ミャンマーの政府も軍部も入ることができない治外法権的地区だったのです」

 

国宝級の仏像が、もしタイや中国に流れてしまったとしたら二度と戻ってこないうえに、二度と世に現れることはないだろう。国内は紛争状態で、日本人ジャーナリストは射殺されている。

しかし熊野氏は「他国に流れる前にどうにかできるのは、私しかいないと思いました」。

 

ミャンマーに存在している仏像が流出する寺院は300。仏像が一体ずつあるとして、仏像300体。実際には301体の仏像を買いもどした。「有り金叩きました」と熊野氏は笑う。

問題はそこからだった。買い戻した仏像は、治外法権的地区である熊野氏が借りている家に運ぶ必要がある。情勢が落ち着くまで保管するためだ。

しかし、外国人が国内の仏像を所有している、しかも運んでいるとなれば、見つかった時点で射殺だ。

 

「仏像をトラックに積んで、その仏像の周りに野菜を盛って、果物を積んで、カモフラージュしました」

 

NST05_butsuアウンザブタイヤ寺院へ仏像を寄付し、連日仏教徒たちが行列を作って参拝に来るようになった。

寺院から熊野氏がいる土地まで500キロ。途中に検問がいくつもある。検問では棒を野菜の山に刺して「カチン」といった時点で一貫の終わりだ。

 

「でも、全部運び終わるまで一度も見つからなかったんです。奇跡でしたね」

 

やがて民主化となり、仏像はヤンゴン市内の「アンザブタイヤ寺院」へ寄付、収まることとなった。国宝級の仏像は、ミャンマーで再び黄金の光を放つことができたのだ。

僧侶達は、「仏陀のご加護があった」と熊野氏を称えたという。死ぬかもしれないとは思わなかったのだろうか。

 

「できるのは自分しかいないっていう思いがありました。それだけですよ」

 

 

世界で一番豊かな国へ導く。大きな脅威へ突きつける挑戦状

「できるのは自分しかいない。だからやる」という熊野氏の一貫した姿勢は、日本システム企画の事業にも現れている。これからの事業展開と挑戦について聞いた。

同社では、現在2つの研究開発が進んでいるという。

 

「日本が一番豊かになるための研究が、ほぼ形になりつつあります」

 

ひとつは「人間の老化を抑制する」研究だ。同社製品の配管防錆装置の原理を使ったものだという。

 

「配管の赤錆は酸化によって起こります。人間の老化も、血管の酸化によって引き起こされるのです」

 

血管の酸化を抑制することで、老化を遅らせることができる。実現化すれば、日本の労働人口は1・5倍になり、経済活動が活発化するという。

現在、一人当たりの平均労働可能年数は40年であるが、この研究開発により60年に引き上げることが可能となる。労働人口は1.5倍になり、人一人の生産年数を上げることで消費を促すことができる理論だ。

 

しかし、この研究開発を商品化するために立ちはだかるのが、やはり既得権だ。

 

「学術的に、前例がないと認可が下りません」
前例がないものは新たな規格が必要だが、それは不可能に近い。つまり、国内で商品化して販売する認可が下りないのだ。

実際、2010年デンマークのコペンハーゲンで行われた世界臨床薬理学会で、血中の活性酸素を抑制させる研究成果を発表した際、ニューヨークの心臓外科医が飛んできて、「これが普及したら私達は職を失う」と言ってきたという。

現在、同社開発による商品は、海外展開せざるを得ない状態だ。

 

「行政組織の在り方で、技術革新ができなくなり、日本が潰れていく可能性があります。我々はこれからも、戦い続けていかなかればなりません」

 

もうひとつは、世界のエネルギー問題へ一石を投じる話となる。

 

「これは、私の最後の仕事となるだろうと考えています」

 

その最後の仕事とは、日本を世界で一番のエネルギー大国にすることだという。

現在、日本が生産できるエネルギーでCO2を排出しないのは、原発と風力、太陽光が主で、他はCO2を排出する石炭や石油など化石燃料に依存している。

NST08_mitaka三鷹市にある実験場での発電実験の様子。発電実験は他に、荒川や昭島市、武蔵水路などでも。

このエネルギー問題を解決するため、同社は2011年から研究を開始。太陽エネルギーの70%は海洋にあることに着目した、海流発電だ。

日本に流れてくる「黒潮」を利用する、この黒潮海流エネルギーは、理論的に原子力2000基分に相当するという。

 

「黒潮の一割をエネルギーに変換することができれば、日本の消費電力の全てを賄うことが可能です」

 

現在、実現化へ向けてカウントダウンの状態だという。

 

「でも、エネルギーに手を出して、生きている人間はいないんです。どうやら、別の困った世界があるようです」

 

ミャンマー然り、関わったら命の危険があるかもしれない問題へと挑む、信念を貫くエネルギーはどこからやってくるのだろうか。

 

「私にしかできないから、です。だから、死ぬわけにはいかない。やるしかないのです」

 

と、熊野氏はまっすぐ先を見つめて答えた。

 

 

日本のシステムを変えたい。そうして始まった熊野氏と同社の信念は、一貫して「社会に役立つもので社会貢献」だ。

一点の曇りなく日本と世界が抱える問題と壁へと挑む、熊野活行氏と同氏が率いる日本システム企画の、これからの挑戦に目が離せない。

 

 

 

 

NST07_NOMOA

奥羽大学薬理部と共同で開発した「NOMOA」(写真)で、血中の活性酸素の働きを抑制することに成功。2010年7月にデンマークのコペンハーゲンで行われた「世界臨床薬理学会」において、血中の酸化ストレス値を減少させた世界初の研究成果として発表した。NOMOA使用前に比べ、NOMOA10分間使用後の血中の酸化ストレス(d-ROM)値は大幅に減少している(表参照)。

 

 

 

オビ ヒューマンドキュメント

●プロフィール

熊野活行(くまの・かつゆき)氏…1949年、東京都出身。東京理科大学工学部工業化学科卒業後、大日本印刷株式会社入社。1988年日本システム企画株式会社・日本ヘルス食品株式会社(現日本ヘルスケア株式会社前身)を設立し代表取締役社長に就任、現在に至る。日本モンゴル友好交流協会と日本ミャンマー友好交流協会の両会長を務める。

 

●日本システム企画株式会社

〒151-0073 東京都渋谷区笹塚2-21-12

TEL 03-3377-1106

http://www.jspkk.co.jp

 

 

 

◆2017年1月号の記事より◆

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