オビ コラム

特許の怪物 (パテント・トロール) は生きていた! 

◆文:西郷義美(西郷国際特許事務所 所長/弁理士)

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あるとき、「なぜ特許権などという独占的な権利を貰えるのですか?」と聞かれたことがある。

この答えは、「新しいアイデアで便利なモノを国民皆に見せてくれたら、代わりに強力な特許権をあげますがいかがですか」とギブアンドテイクの方式(公開代償制度)を国から提案されたからである。

ところが、一方で市場は独占を嫌い自由な競争原理をとっている。そこでこれらの特許権などの知財は、いわゆる独占禁止法(独禁法)の例外とされ保護されている(21条)。

……なのだが、やり過ぎると独禁法に触れる。例を挙げよう。

 

◆住宅メーカーが自ら保有する工法に関する特許をある工務店にライセンスすることにした。工務店が住宅を施工する際には、特定メーカー製の部材を使用することを義務付けた。これは、独禁法上問題となる。

◆A社は台湾のB社に対し、エポキシ系可塑剤製造に係るノウハウの供与に関する国際的契約を締結した。この時ライセンス契約終了後となっても、B社は日本へ輸出出来ないこととした。これも問題となる。

 

つまりこれらは特許制度の趣旨を逸脱しているからである。

更にまた、これは特許権をうまく活用したかに見える事例である。しかし、結論的には大いに問題がある。

いままた注目を浴びている「パテント・トロール」の話である。

アメリカの特許訴訟の損害賠償金額はとてつもなく高額である。しかも、Appleが特許訴訟で敗北した。特許3件の侵害で、630億円の支払いを命じられたのである。相手は従業員もいない会社、Smartflash(スマートフラッシュ)社である。(米地裁陪審・2015/2/26(木))

Appleは今回の訴訟について、「Smartflashは製品を製造せず従業員も持たない。雇用を創出せず、米国に実態がないにもかかわらず、特許制度を利用して、Appleが発明した技術からロイヤリティを得ようとしている。われわれの従業員らが年月をかけて考案したアイデアで得た金銭をこのような企業にむしり取られることを拒否するため、この争いを上位の裁判所に持ち込むしか選択肢がない」とコメントしている。

 

現在の特許法では、テント・トロールの対策はまだ出来ていない。日本やアメリカの議会でも問題視されている。

パテント・トロール(patent troll)とは、自らが保有する特許権を侵害している疑いのある者(主にハイテク大企業)に特許権を行使して巨額のライセンス料を得ようとする者を指す。その多くは、自らはその特許を実施していない。

「トロール」(troll)とは、北欧神話で洞穴などに住む奇怪な巨人または小人を意味し、「怪物」の意味合いで使われている。また、英語の「troll」には「流し釣り」(トローリング)という意味もあり、「パテント・トロール」はこの意味合いも含んでいるともされる。

パテント・トロールに該当する企業は、不実施企業(Non-Practicing Entities(NPEs))。NPEsは自己の保有する発明を製品やサービスにおいて実施することなく、収入の大部分を特許権の行使によって得ているものをいう。

パテント・トロールの起源は米連邦控訴裁判所がコンピューターのプログラムの特許を初めて明確に認めた1994年夏にさかのぼる。この判決後にソフトウエアの特許が爆発的に増え、特許訴訟も急増した。

つまり、ソフトウエアの特許を買い集め、ハイテク企業を相手取って特許侵害訴訟を起こすパテント・トロールの手口は、過去20年間にわたり米ハイテク企業を脅かしてきた。グーグルのオンライン広告などを狙って手広く訴訟を起こし、高額の賠償金をせしめるのである。

 

かつてはパテント・トロールの標的は主に米国のマイクロソフト社やeBay社等であったが、日本企業も餌食になった。パテント・トロールとされる米国のフォージェント社が、同社保有の米国特許について実施契約の手紙を日本企業に送付し、ソニーと1620万ドル、三洋電機と1500万ドルで契約を結ばせた。

ここで、キヤノン、Dropbox、Googleなど6社は、「License on Transfer Network (LOTネットワーク)」を設立した(2014年7月)。これは、会員間の特許ライセンス契約を活用して、パテント・トロール訴訟を防止することを目的としている。さらにまた、近年増加しているパテント・プライバティアリング(トロール会社への特許権の売り渡し)を抑制することを目的としている。

 

米国における特許訴訟件数は、2013年過去最高の6000件以上を記録した。そのほとんどは、パテント・トロールを生業とする組織によるものである。 また、パテント・トロールが使用する特許の7割以上は、現在事業を行っている企業から流出したものである。パテント・トロールが訴訟で得た収益の一部を受け取る取り決めをしている企業もある。

 

「LOTネットワーク」は、このような問題に対応するための、新しい相互ライセンスである。会員企業の特許が「LOTネットワーク」会員以外に売られた場合、他の会員企業はこの特許に関する使用権を取得することになる。つまり、会員企業は自社の特許を手放さない限りは、これを行使する権利を持ち続け、一方、特許を売却した場合は、他の会員企業にライセンスが発効し、その特許を購入したパテント・トロールによる攻撃から防衛される。

今回の「LOTネットワーク」の結成にあたり当初の会員となった企業は、実績のあるテクノロジー企業から新興企業まで幅広く、6社合わせて約30万件の特許を保有している。

 

会員企業のコメントとして、 「『LOTネットワーク』は、特許業界における軍縮のようなものだ。会員企業が力を合わせることで、特許訴訟の件数を減らし、各社が素晴らしい製品を開発することに資源を集中できるようになる」

「新興企業は、成熟し繁栄するまでに多くのリスクを克服して行くいばらの道である。この『LOTネットワーク』は、特許の乱用がこのようなリスクの一つとならないように機能する、強力かつ創造性に満ちた新しい発想である」

「特許はイノベーションを妨害する目的で使用されるべきではない。特許の乱用に対抗する『LOTネットワーク』は、新しい企業が参画するたびに効果が高くなる、創造的な解決策である。参加企業は多いほど望ましい」

 

好ましいことに、近年パテント・トロールは下火に向かいつつあった。米特許関連法の手直しに伴い、パテント・トロールは退潮傾向にあったが、まだ終わってはいなかった。

法律改正でソフトウエアの特許に対して異議を申し立てることが容易になり、特許の価格が下落。一時、ソフトウエア関連の訴訟件数が減って、特許を収集する企業の株価も下落した。

知的財産権コンサルタント会社フォーサイト・バリュエーション・グループのエフラト・カスニク社長は「パテント・トロールの事業モデル全体が脅し頼みで、優位性は失われた」と指摘。「裁判で特許に基づく法的強制力を行使できなければ、パテント・トロールは根拠を失う」と述べた。

 

アメリカを初めとして各国は、パテント・トロールの息の根を止めようと新たな対策法を考えている。特許システムが健全な姿を取り戻すことを実現する日は近い。

 

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西郷義美 西郷国際特許事務所 (2) 筆者プロフィール/西郷義美

1969年 大同大学工学部機械工学科卒業

1969年-1975年 Omark Japan Inc.(米国日本支社)

1975年-1977年 祐川国際特許事務所

1976年10月 西郷国際特許事務所を創設、現在に至る。

《公 職》

2008年4月-2009年3月

弁理士会副会長(国際活動部門総監)

《資 格》

1975年 弁理士国家試験合格(登録第8005号)

2003年 特定侵害訴訟代理試験合格、訴訟代理資格登録。

《著 作》

『サービスマーク入門』(商標関連書籍/発明協会刊)

『「知財 IQ」をみがけ』(特許関連書籍/日刊工業新聞社刊)

西郷国際特許事務所(創業1975年)

所長 弁理士/西郷義美 副所長 技術/西郷竹義

行政書士/西郷義光

弁護士・弁理士 西郷直子(顧問)

事務所員 他7名(全10名)

〈お茶の水事務所〉

東京都千代田区神田小川町2-8 西郷特許ビル

TEL  03-3292-4411 FAX 03-3292-4414

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