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一法律家が砂川判決について思うこと

 

 

オビ コラム

一法律家が砂川判決について思うこと

◆文:海野世界戦略研究所会長筆頭秘書(弁護士) /文責:筒井潔(海野世界戦略研究所 代表取締役会長)

 

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昭和32年、国が米軍立川飛行場の拡張計画のため測量を開始したところ、これに反対する者の一部が、米軍の使用する立入禁止区域に入ったため日米安保条約3条に基づく刑事特別法2条(合衆国軍隊が使用する施設又は区域を侵す罪)の違反に問われ、起訴された。

第一審は、合衆国軍隊の駐留は憲法9条2項に反し、軽犯罪法より重い刑罰を科す刑事特別法の規定が憲法31条に違反するとして無罪の判決を言い渡した。これに対し検察側が跳躍上告し、昭和34年12月16日、最高裁大法廷で判断が下された。

自民党の高村副総裁が集団的自衛権容認論の根拠として援用しために、判決日から58年が経過した今、改めて脚光を浴びることとなったのが、この砂川判決である。

 

自民党の高村副総裁は、同党のHPで次のように言及している。

「最高裁判所は自衛権について、1959年の有名な砂川判決において、個別的とか集団的とか区別をしないで、自衛権については、国の平和と安全を維持し、国の存立を全うするための措置は当然とり得る。そしてその前提として、固有の権利として自衛権というものは当然持っているとも言っているわけであります。」

 

この発言の本当の意味を正確に読み取れているかは不明であるが、高村副総裁は、さながら「必要な自衛の措置」という判決の文言が集団的か個別的かを区別していないため、最高裁は集団的自衛権を否定していないと主張するかのようである。

この主張を支える論理は、記載していないがゆえに否定していないとするものであり、判例解釈の手法を知らない者にとっても不自然であることは明らかであろう。これが仮に否定していないことの根拠となり得ても、肯定していることの根拠にはなるまい。むしろ、憲法が明確に9条1項で戦争の放棄を、同条2項で戦力の不保持と交戦権の否認をうたっている以上、言及がないことは違憲の論拠となると考える方が、筋がいい。

 

もっとも、ここでは砂川事件を基礎に集団的自衛権合憲性を導く論法はさておき、そもそも砂川事件を集団的自衛権の合憲性の根拠とすることについて、法的観点から考察してみようと思う。

砂川判決は、法曹を目指す者なら一度ならぬ何度も目にする最重要判例の一つである。同判決が重要判例たりうる理由は、変則的ではあるが、統治行為論をとったことにある。統治行為論とは、司法審査権を回避するための論法の一つである。

砂川判決は、安保条約は「高度の政治性を有するもの」であり、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、司法審査権の範囲外」とし、安保条約は一見極めて明白に無効とは認められないから司法審査に服さないとして憲法判断を回避した。

同判決は憲法9条の解釈についても詳細に言及しており、統治行為論以外にも重要な点を含んでいることは否めないが、それらはあくまで拘束力のない傍論である。無論、この傍論においてさえ、集団的自衛権の合憲性について何らかの判断を下してはいない。

 

そもそも同判決は、日本の自衛の措置として、米軍駐留を認めることの合憲性を判断したものにすぎない。憲法9条「二項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別」とも述べ、自衛隊による個別的自衛権の行使の合憲性さえも判断を留保している。

ところで、自衛権の存在と行使は別問題であり、いかなる手段による行使が許されるかをめぐっては学説が分かれている。個別的自衛権は、主権国家が当然に有する権利、すなわち条文の規定がなくとも超法規的に認められる権利とするのが多数説であり、砂川判決も同様である。ここで憲法9条の解釈をめぐる学説の対立に立ち入ることは避けるが、集団的自衛権も個別的自衛権と同様に超法規的に認められるとする説がないわけではない。

安倍政権以前の政府も、主権国家である以上国際法上の集団的自衛権を有しているとの見解を示してきた。しかし、その行使は憲法9条が許容している自衛権の行使の範囲を超えているため認められないとされた。それが今、政府見解を変更して集団的自衛権の行使を容認し、国家安全保障基本法を制定しようとする動きがあることは、既に知られているところである。

 

集団的自衛権の是非の議論は他に譲るとしても、問題は憲法への重きの置き方にある。憲法は我が国の最高法規であり、国法秩序において最も強い形式的効力をもつ。同法98条はこの趣旨を明らかにしている。したがって、集団的自衛権の行使が憲法上許されないとする政府解釈の変更は容易に認められてはならず、下位規範である法律に基づき憲法の解釈に変更を及ぼすことは許されない。憲法が最高法規であることの論理的帰結として、憲法改正には法律より困難な手続きが要求されるが、集団的自衛権の認容を欲するのであれば、この高い壁を乗り越えるほかないのではないか。集団的自衛権容認の根拠に砂川判決を持ち出したことで、憲法改正の議論と憲法解釈の議論が混在したかのようにも見受けられる。

 

なお、本稿の目的とは少し離れるが、仮に集団的自衛権容認法案が成立した場合の訴訟法上の問題点について少し触れる。衆議院の憲法調査会で発言した小林節教授が指摘するように、一旦法律が効力を生じた後は、誰がどのような場合に当該法律の違憲性を争えるかという訴訟法上の壁に直面する。

我が国では具体的事件を離れて法律それ自体の合憲性の判断を行う憲法裁判所が存在しない。そのため、法律が問題となる具体的事件が生じない限りは、統治行為論等により憲法判断が回避される以前に、訴訟の入口で門前払いを食らうことになる。

集団的自衛権の問題を、砂川判決を介した憲法の強引な解釈により解決してはならない。法の支配は最優先にまもられるべきであり、憲法が我が国の最高法規であることを、我々は今一度思い返すべきである。

 

オビ コラム

※これらの見解は個人の見解であり、所属組織としての見解では「ない」ことを断っておきます。

 

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