オビ コラム

南山会からの提言『東日本大震災以後 ─ 新しい社会の創出へ向けて5年前の復興提言を検証する〈4〉』

◆文責:南山会

 

本シリーズは、東日本大震災の被災地再建は「単なる復旧・復興ではなく、この大災害を機に新しい社会を創出しなければならない」という意識で、大震災半年後にまとめられた5つの提言を再検証する試みである。

それは、被災地の再建を推進しつつ、そこで画期的な新機軸の社会的変革を試行し、その効果を見極めながらそれを日本全体に拡大適用していこうという考え方を基本にしている。今回はその4つ目の提言である。

 

 

【提言4】原発から新電力システムへ転換 – スマートエネルギー社会の実現

低迷する経済と混迷する政治が続く我国に、東日本大震災で更なる打撃が加えられた。巨大津波の災害に福島第一原発の事故と放射線被害が重なり、果たして日本はこの先どうなってしまうのかと思わざるを得ない。

我々はこの国家の危機をどのように克服するか、どのように立ち向かって行けばよいのか、多くの意見、提案、議論が繰り返しなされているが、ここでは、我国産業と国民生活の維持・発展に必要欠くべからざる電力エネルギーは、今後どうすればよいかという切り口で提言をしたい。

 

 

1)原発推進からの方針転換

地球温暖化防止の中心であるCO2排出規制に対し、クリーンエネルギーの切り札としての原子力発電の推進方針は、福島原発のメルトダウンと、それに続く放射線被害の拡大で大きく変わろうとしている。

米、仏に次ぐ原発保有大国である我国は、社会の維持・発展と電力問題をどう解決して行くのか、国内向けのみならず世界に向けても、必要なデータを迅速に公開し、市民参加型の討論により広く賛否両論を検討した上で、国民の総意を反映した国の方針を明らかにすべき時である。

原発運用の万一の災害に対する不信と不安から、現在、原発再稼動の見通しは全く立っておらず、全国で稼働中の原発はこのままいけば来年にはゼロになる。

原子力発電による電力がゼロになるとすれば、現状のように明確な戦略のない電力エネルギー政策では、将来に向けて展望が開けない。

 

豊富な電力エネルギーの供給は、日本の産業を飛躍的に伸ばし、世界史上でも稀に見る高度成長を短期間で成し遂げた。今や高度成長期のように、大容量の電力が安定した価格でふんだんに供給され、必要なだけ使えるという環境はもうあり得ない。

これから先、環境維持を考慮し効率よく電力を使う一方、必要電力を多様な電源から上手に(スマートに)供給するという、革新的な戦略が求められているのである。今こそ我国の10年先、20年先を展望した新たな電力エネルギー政策を確立すべき時である。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA産業界にとって電気代値上げのコスト増は競争力の低下に直結し、製造工場の海外移転を加速させることになる。

原発停止に対し地域ごとにどの位の電力が不足し、それを補う既存の火力・水力発電に加え、再生可能エネルギー発電の増大計画を策定し、年度展開のロードマップを示す必要がある。

しかし、再生可能エネルギーを増加すると言っても、必要な用地確保を始め、自然環境保護、電力安定供給など様々な規制や条例を緩和し、克服しなければならない。

安全で効率的な設備への開発投資は、電力販売の収益だけでは実現できず、財政援助がなければ事業としては成り立たないだろう。

再生エネルギー特措法(買取り法案)があるとはいえ、発送配電の分離問題など一般民間企業に対する参入障壁は高い。

 

 

2)被災地復興に新電力エネルギー推進特区

大震災からの復興を進める中で、電力不足を理由に製造業の停滞と海外移転に伴う雇用減少を甘受することはできない。

一方、新たな電力エネルギー政策の策定には、具体的施策の検証が必要であるが、それは、現在すべての原発が停止しており、生活や産業の基盤を一から再建しようとしている東北電力管内の被災地を中心に行うことが最も効果的である。

そこを新電力エネルギー推進特区とし、あらゆる規制や税制の緩和などインセンティブを設定して民間活力を導入、安定運用の検証を行うのである。

自治体が津波による壊滅的被害を蒙った各地の土地を長期間借用し、自然エネルギー発電所用の建設用地を造成、優遇措置により民間企業の参入を促し、各種自然エネルギーの発変電設備を建設、関連産業の誘致を行う。

送配電網の整備は、既存電力会社(東北電力)との第三セクター方式で共同運営することも検証の対象である。特区に産業を興すことで雇用を創出することは、特区制定を復興に結びつける重要な目標のひとつである。

 

この新電力エネルギー推進特区には、横断的中立組織として電力監視委員会を設立する。それは、発電事業者が提出する発電計画の審査承認や、供給責任、供給品質、電力料金の運用管理・監視といった機能を果たすことになる。

電力監視委員会は、電力送配電事業の知識、経験、技術を持つ人材を、自治体はじめコンピューター制御やネットワーク応用のノウハウを持つIT企業、研究機関などからも集め、法整備や想定事故等への対策、停電時の復旧対策などについて対応を策定し、電力システム全体の管理を行う。

このような運用・管理は、他地域との電力融通の問題とも関連するため、【提言2】の道州制にある東北州全体の管理としてまず実施することになる。

再生可能エネルギーによる発電事業は民間、その電力を供給する送配電事業は東北電力、又は、特区内では第三セクターを考慮し、電力品質と供給および電力料金の維持・管理は電力監視委員会が行うという区分が考えられる。

 

この新たな電力システム運用では、多様な再生可能エネルギー発電所の発電規模を想定し、既存発電所の電力系統から供給される電力と組合せ、効率よく電力を供給・消費・蓄電するシステム、いわゆるスマートグリッド・システムが求められる。

ここで言うスマートグリッドとは、大電力発電や遠距離送電などに頼らず、消費者の身近なところで電気を供給し、消費者側の省エネ計画を反映して、電力消費を効率よく管理するトータル・システムを指す。

この新電力エネルギー推進特区で種々の技術的、システム的検証が行われ、順調に運営されることが見極められたなら、それを東北州の全地域に、更に東日本から日本全体に広げて行くことができる。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA既存電力会社の一社地域独占形態に対し、この特区構想で民間の再生可能エネルギー発電事業者が参入していけば、自ずと競争原理が導入されて行く。

10年、20年先に再生可能エネルギー発電が、原発に取って代わるまでに成長し発電事業者が多様化して行くなら、既存電力会社の事業は中央給電指令センター、各地の送配電センターを含む送配電事業が主体になって行くと考えられる。

 

以上述べたように新たな電力システム政策の確立には、大震災からの復興を進めつつある地域に新電力エネルギー推進特区を設けることが、時間的にも速く最も効果的であると考えられる。

そして、地域の地形や自然環境などから、どの様な発電方式の組合せが長期にわたり安定的に電力を供給できるか、材料やエネルギー変換効率の向上などの技術開発、設備の建設費用、電力料金の規模など、特区の運営で検証すべき項目は多い。

 

震災後、東日本を中心とする全国的な節電要請に対し、国民が示した省エネ節電の努力は注目に値する。

電力会社の電力消費ピーク予想に対し、実際の消費電力は20~30%も下回る結果になったが、この事実は日本人のいざという時の一致団結の精神が、見事に発揮されたものと言えよう。

貴重な電力エネルギーを効率よく使い、省エネ生活を拡充しようという機運が、大震災によって日本社会全体に強く盛り上がっている。

世界のスマートグリッド技術先進国では、10数年前から再生可能エネルギーを効率よく使った、電力の高効率利用システムを追求している。

我国でも、被災地復興を魁として、新電力エネルギー推進特区を設け、実証実験によってスマートグリッドの実用化、スマートエネルギー社会を実現すべきであることを強調したい。

 

 

3)今後の電力システムについて国民レベルで議論

今後の電力エネルギーの供給と消費のあり方に関して、「脱原発」や「脱原発依存」など多くの国民の声があるが、原発について言えば運転継続と再稼働による電力供給は、今や多くは望めない状況となっている。

代わりに、消費地に近い場所で多様な小規模発電を行い、消費者は発電方式や供給元を選択することで地球環境の維持に貢献するなど、効率的な電力消費を住宅、事務所、工場、公共施設などで実現できるスマートグリッド・システムに更に注目すべきである。

東京都が東京湾埋め立て地に、民間から資本参加を募り天然ガス燃料の火力発電所建設を進めるとの報道があったが、これまで電力会社1社に頼っていた電力配電事業にも自治体をはじめ民間の電力配電事業者が次々に参入し、今後、消費者はどの事業者を選択するかという方向になるであろう。

 

将来の繁栄に欠くことのできない新たな電力システムのあり方については、数多くの数値データと共に技術的裏付けを伴った可能性のある姿を示しつつ、原発問題を含めて国民を捲き込んだ議論を重ねて、理解を深めることが極めて重要な局面となっている。

国民レベルの議論を、という主張は特に原発事故以来多くなされているが、その議論の場をできるだけ多く提供するには、先の提言で述べたようなIT(情報技術)を駆使し、中央政府の総括方針に基づき、道州制の自治体レベルで実施するのが本筋ではないだろうか。

国民レベルの議論を展開する予定や途中経過を含め、何がどのように政策に反映されているのかを、国民向けに広報し理解を共有するための具体的な一歩を踏み出す時が来ている。日本ならではの新電力システムの確立は急務である。

 

(提言4 以上)

 

 

オビ コラム

◎南山会

故田中清玄氏の薦めにより1982年に日本国内のみならず世界の情勢に関して討議と情報交換を行うことを目的に設立された会。活動としては、講師を招き時代の動きに合わせたテーマによる研究会、自由討論会を行う例会ほか、分科会活動として気仙沼の水産加工業の復興支援、インドネシア・ロンボク島沿海村落の再生可能エネルギーによる水産加工業の支援などを行っている。

今回の提言は、川村武雄(提言1、2)、斎藤彰夫(提言3)、田中俊太郎・南山会前代表(提言4)、近藤宜之(提言5)の4人の会員によって取り纏められたものである。現在の会長は筒井潔。

◎執筆者プロフィール

川村武雄

川村武雄(かわむら・たけお)…慶応義塾大学工学部卒業後、大成建設入社、中近東、東南アジア、米国などで建設工事に従事。その後、半導体製造装置メーカー米国現地法人GMを務め、現在、米国在住。

 

齋藤彰夫

齋藤彰夫(さいとう・あきお)…慶応義塾大学工学部卒業後、日立入社、通信機器海外事業企画、輸出営業、国際情報通信システムのプロジェクトマネジメントに従事。その後、欧米通信関連企業日本法人代表等を務め、現在、海外企業の日本参入支援ビジネスコンサルタント。

 

田中俊太郎

田中俊太郎(たなか・しゅんたろう)…南山会前代表。 慶応義塾大学工学部卒。東芝に入社、発電制御システム、自動化システム、電力系統情報制御システム開発に従事、産業システムソリューション事業、カーエレクトロニクス事業などの事業企画、経営に参画。南山会の代表を設立より33年間務める。

 

 

近藤宣之

近藤宣之(こんどう・のぶゆき)…慶応義塾大学工学部卒業後、日本電子株式会社に入社。現在、株式会社日本レーザー代表取締役社長。経済産業省、厚生労働省、東京商工会議所等からの企業経営の表彰多数有り。著書に「ビジネスマンの君に伝えたい40のこと」(あさ出版)、共著書に「トップが綴る わが人生の師」(PHP出版)、「『わが[志]を語る』~トップが綴る仕事の原点・未来の夢~」(PHP出版)、「『トップが綴る人生感動の瞬間』~心が震えた出会い~」(PHP出版)、「『お客様やパートナーとの共存共栄の実現』~グローバルに通用する進化した日本的経営~」(企業家ミュージアム)などがある。(BigLife21ホームページにて「近藤宣之」で検索)

 

 

◆2016年8月号の記事より◆

WEBでは公開されていない記事や情報満載の雑誌版は毎号500円!

雑誌版の購入はこちらから